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2006年5月04日
トレンドを創り出すグラフィティー、人の心を惹きつけるショップのオープニング、ルールや約束ごとを超えたトランスグレッシブなデザインと、たゆまぬ革新性のおかげで、デスイグアル(Desigual)は、スペインで最も人気のあるヤングファッションブランドとしての地位を確立しました。
Fashionfromspainは、ジェネラルマネジャー、マヌエル・アデル(Manuel Adell)とのインタビューで、イビサで創立したデスイグアル社のこだわりの精神と、フランスとイタリアでの路面店オープンを控えた事業拡大計画について話を聞きました。
デスイグアルはここ数年で大変有名なブランドになりましたが、どのようにスタートしたのですか?
1981年から1982年に遡りますが、若干20歳のスイス人デザイナー、トーマス・メイヤー(Thomas Meyer)がイビサ島でTシャツを作りながら夏を過ごしたのがすべての始まりです。ほどなく彼は港の近くに古着屋をオープンしました。そのショップはごく最近まで営業しており、旅行者たちがこのブランドに出会うきっかけとなりました。とあるシーズンにメイヤーはジーンズの在庫を大量に抱えており、それをオリジナルのジャケットのデザインに用いたのです。人々はそれを、イビサ島だけでなく、ヨーロッパ各地、特にドイツで着るようになりました。その後2、3シーズン人気商品となり、1984年、イサベル・クシェットが創った、2つの裸体と「デスイグアルは同じじゃない」のキャッチフレーズの型破りなロゴを用いて、デスイグアル・ブランドは創設されたのです。スペイン人映画監督の彼女は、当時広告の世界で仕事をしていて、メイヤーの友人でもありました。「s」の文字が反転した現在のロゴはフレデリック・トーマスがデザインしました。
なぜ反転させたのですか?
私たちのブランドは、自発的でポジティブな感覚と型にはまらないクリエイションが特徴です。その感性は、破壊的アプローチと新しい角度からのものの見方、つまり反転と密接な繋がりがあります。当社のデザインはしきたりや約束事との繋がりを絶っています。人生の輝かしい側面を見せようとしているのです。
イビサ島が原点のデスイグアルですが、今ではバルセロナとより深い繋がりがあるようですが・・・?
実際はイビサ島とバルセロナの両方が原点なのですが、今はバルセロナを中心に事業を展開しています。バルセロナには本社とロジスティックセンターがあります。しかし当社は非常にグローバルな面を持っており、バルセロナで働く100名ほどの精鋭のスタッフの国籍は14カ国から15カ国に上ります。トーマス・メイヤーは依然として大きな駆動力の中心であり、クリエイティブチームを引っ張っています。
デザインチームはどのように仕事をしているのですか?
当社はプロダクトマネジャーのグループと緊密に仕事をするデザイナーが3名います。彼らはトレンドを観測し、コレクションの構成、チャンス、リスクを分析します。
「ショップをオープンするときには、ただブラインドを開けるだけか、型破りな機会にするか、どちらでもできるのです」
デスイグアルはファッション・フォロワーですか、それとも流行を作り出すトレンド・セッターですか?
私たちは自分達ができることをやるだけです。当社は非常に際立つ個性を持ち、今では他ブランドが私たちのデザインにインスパイアされているのを発見することもあります。つまり、それは間違いなくファッションをクリエイトしていると言えます。スペクトルのもう一端は、まがい品が出回っていることです。
デスイグアルのロゴ、Tシャツのメッセージ、ショップのインテリアデザインからは、ストリートカルチャーやグラフィティーとの密接度が伺えますが…。
グラフィティーは最も自発的な表現方法のひとつで、伝達方法でもあります。ただ、私たちはグラフィティーを単にそのためだけには使いません。メッセージを伝えようとしているのです。当ブランドのTシャツのスローガンに関して、不思議な経験をしたことが何度かあります。例えばイラク紛争中に販売した「戦争は答えではない」のスローガン。まるで意図的にタイミングを合わせて製作したかのように見えますが、あのTシャツは実際には12ヶ月も前にデザインされたものなのです。あのTシャツがデザインされた頃は、イスラエルでの緊張が高まり、大きな世界的対立が悪化していたので、あのTシャツがコレクションの中心となったのです。