09春夏コレクション
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2008年10月29日
スペインのセビリヤ出身のロドリゲス・ピネダ(Rodríguez Pineda)一族は、1892年、馬具を扱う小さなショップ兼工房として、エル・カバージョ(El Caballo)を創業しました。年月を経るうちに、エル・カバージョは馬具製造の技術で培われたスキルをファッションアクセサリーに応用するようになりました。そしてまもなく、高品質のレザーとアンダルシアのエッセンスを活かしたことにより、エル・カバージョは業界にインパクトを与えたのです。
近年、若手クリエイターのニコラス・ヴォーデレット(Nicolas Vaudelet)と契約しましたが、これがまさに「ヌエボス・アイレス(Nuevos Aires)」と称する積極的なプロジェクトの始まりとなっています。このプロジェクトによって、もっとも伝統的なスペインブランドのひとつであるエル・カバージョは、『魂のこもった』最先端ファッションのブランドに生まれ変わりました。エル・カバージョの最高経営責任者であり創業家の一員であるホセ・ロドリゲス・ピネダ(José Rodríguez Pineda、以下J.R.P.)と、新しいクリエイティブ・ディレクターのニコラス・ヴォーデレット(以下N.V.)が、このスペインのアクセサリーブランドの歴史、功績、そして今後の挑戦について語ってくれました。
エル・カバージョは現在でも同族会社なのですか?
J.R.P. -およそ75%はそうですが、2006年からは、リヤドロ(Lladró)の経営者の一員であり、スペインの高級ジュエリーブランド、カレーラ・イ・カレーラ(Carrera y Carrera)の株主でもある、リヤドロ‐サラ(Lladró-Sala)家が残りの25%を所有しています。この一族によるエル・カバージョへの出資は、私たちのショップの商品やイメージを新たにする目的の「ヌエボス・アイレス」プロジェクトの促進に役立っています。私たちはこの3年間、当社をずっと育んできたルーツやエッセンスを守り続けながらも、当社のコンセプトと認識に新たな息吹を吹き込もうと取り組んできました。この新しい息吹を吹き込んだ結果(“nuevos aires”というプロジェクト名はスペイン語で文字通り『新しい風』を意味します)、エル・カバージョのスタイルは、100年前にさかのぼるセビリヤとアンダルシアに根ざしていながらモダンで都会的な新たな特徴とともに表現される豊かな伝統を具現化しています。
現在でもセビリヤのアントニア・ディアス通り(Calle Antonia Díaz)にある創業当初の本社を拠点としているのですか?
J.R.P. –当社の本社は現在でも、私の祖父が1892年に最初のショップと工房を創業したアントニア・ディアス通りにあります。当時従業員は3人だけでしたが、今では85人になっています。きわめて典型的なセビリヤの建築様式を呈した建物の中に、財務オフィスやエル・カバージョの旗艦店を構えています。工場、工房、およびその他の経営資源は、かつてはセビリヤの郊外でしたが現在は街の中心にある別の建物にあります。当社の新しいクリエイティブ・ディレクターであるニコラス・ヴォーデレットは、ここを拠点として、いつも工房と密接に連携しています。また、当社は現在でもオリジナルのロゴを使用しています。もっとも、このロゴは、私の父が当社を経営していた50年代にかなり手を加えています。90年代に、そのロゴは新しいスタイルとなりましたが、それは古いバージョンと比べてみるとやっと違いに気がつく程度です。ラインにいっそうカーブを加えて都会的にしています。
「狩猟用の弾薬帯がそのままベルトになり、ハンターの弾薬入れがデザイナーバッグに変化しました」
エル・カバージョの職人の才能が頭角を現したのはいつですか?
J.R.P. – 19世紀の終わりに、当社はこの地域の多くの馬具製造業者や馬具店のひとつとして、農具および馬具を売る商売を始めました。当社の名前はここから来ています(“caballo“は馬を意味するスペイン語)。私の祖父は小売業者でしたが、いつも工房と熟練の職人をとても重要視していました。だからこそ、まさに創業当初から、当社の製品は高品質であると評判だったのです。農作業から馬が姿を消し、馬具製造業者や馬具店の多くが廃業しました。しかし、当社は狩猟やプロの乗馬の世界に向けて変革したのです。