スペイン人デザイナー、プリフィカシオン・ガルシア(Purificación García)は、カストレロ・ド・バリェと呼ばれるスペイン北西部ガリシア地方の村で生まれましたが、彼女が1歳のとき、家族で移り住んだウルグアイで子供時代のほとんどを過ごしました。彼女がファッション業界と初めて出会ったのはウルグアイの首都モンデヴィデオでした。そこで彼女は、テキスタイル企業で働きながら、ファブリックに関する深い知識を身に付けたのです。彼女の将来のキャリアの基礎はここにあったのです。
21歳のとき、2年間カナダで暮らしている間に、プリフィカシオン・ガルシアはレザーの世界に興味を持つようになりました。その後、1年間のニューヨーク生活を経て、1978年、彼女はマヨルカ島に移り、そこで初めてのデザインを制作し、そのデザインを、自らの手でもって、島の周囲のビーチで販売しました。2年後、彼女はバルセロナへと移り、ここで自身初のフル・コレクションを発表しました。そして1983年まで、彼女は、普段着のエレガントで慎み深いデザインを、マドリード・コレクションとバルセロナ・コレクションへと、定期的に届け続けました。
1985年は彼女のキャリアにとってターニング・ポイントとなった年です。この年、彼女はアントワープ(ベルギー)に第1号ブティックをオープンしました。この世界進出の試みは、数年間のうちに、正しかったことが証明されます。1989年、彼女のコレクションは、ミラノ・コレクションで批評家たちから大絶賛を受けました。1990年、彼女は、東京、大阪、京都にショップをオープンし日本市場進出を果たします。近年、プリフィカシオン・ガルシアは、ポルトガルとラテンアメリカ諸国の市場にも、大きな可能性を見出しています。現在では、ポルトとリスボンの両方に各1ずつ、メキシコシティにも1つのショップを展開しています。
スペイン国内では、プリフィカシオン・ガルシアは、1995年、バルセロナのパウ・カザルス大通り(Avenida Pau Casals)に初のスタジオ兼ショップをオープンしました。この場所では、彼女が「ニュー・クチュール(new couture)」と決定するものについての責任は、彼女が一人で負っています。このブランドは、スペイン国内のショップと百貨店エル・コルテ・イングレスのコーナーを合わせて50ヶ所以上の販売拠点を持っています。
1997年、プリフィカシオン・ガルシアは、ノビア・エスパーニャ(国際ブライダルウェア展)のファッションショーで初のブライダルウェア・コレクションを発表し、さらに1998年には、メンズおよびレディスのプレタポルテとアクセサリー(小物)のデザイン、製造、流通販売に関する契約をSTLと結びました。それ以来、プリフィカシオン・ガルシアはそのアイテム・ラインを大きく拡大し、パフューム、アイウェア、ランジェリー、時計、よりカジュアルなセカンドラインを展開しています。2003年以降、このデザイナーは、アートの世界とも密接な関係を続け、権威ある写真のコンペティション、プリフィカシオン・ガルシア・アニュアル・フォトグラフィー・コンペティション(Purificación García Annual Photography Competition)を創設しました。2001年には「テネール・エスティーロ(Tener estilo/スタイルを持つこと)」という題名のスタイル、魅力、服飾の技に関する本の出版も行っています。