
アンヘル・シュレッセール(Ángel Schlesser)がファッション界での第一歩を踏み出したのは、デザイナーのホアン・ルフェテ(Juan Rufete)のアトリエで彼と一緒に仕事をしたときです。その1年後、シュレッセールは、初めて、1984-85秋冬シーズンのメンズウエアコレクションをデザインしました。
シュレッセールはマドリード・コレクションの常連で、彼がデザイナーの離脱集団に加わっていたわずかの期間を除いて、1988年以来毎年、マドリード・コレクションで、レディスウエアのコレクションを発表し続けています。このマドリード・コレクションでは、1997年にクリエイティビティ賞を受賞。1991年には、テルバ・マガジンからその年のベスト新人デザイナーに贈られるゴールデンT賞を受賞しています。1996年、マドリードに第一号店をオープンし、続いて、ビルバオ、バレンシア、サンタンデール、セビリヤ、そしてグラナダと次々とショップオープンして行きました。
アンヘル・シュレッセールは、ファッション業界の様々な分野に属する専門家や団体と共に積極的な活動を行ってきました。2000年、彼は、第25回バルセロナオリンピックの開会式記念のために2組の衣装をデザイン・制作するよう依頼を受けました。また、『Hazlo por mí』(アンヘル・フェルナンデス・サントス(Ángel Fernández Santos)監督)や『Más que amor frenesí』(アルバセテ・メンケス(Albacete y Menkes)監督)を含む何本かの長編映画の衣装をデザインしました。
1999年には、アンヘル・シュレッセールと名付けた初のレディスフレグランスと化粧用品の販売を始めました。そして2001年にはそのメンズラインも発表しました。シュレッセールのアクセサリー(シューズ、バッグ、ベルト)の初めてのコレクションは2000年に発表されました。そして同じ年、サンタンデール市立観光局の案内係の制服のデザインおよび制作にあたりました。
アンヘル・シュレッセールが国際舞台に初めて登場したのは1998年、テルアビブで開催されたスペイン・デザインのファッションショーに参加したのが最初でした。2001年7月、シュレッセールは、スペイン首相ホセ・マリア・アスナールのメキシコ訪問に同行し、スペイン貿易庁(ICEX)主催のファッションショーでコレクションを発表しました。
2001年、彼は、アンヘル・シュレッセール・オム(Ángel Schlesser Homme)でFIFI(アメリカフレグランス協会)ベストパッケージ賞、FIFIベストコミュニケーションキャンペーン賞を含む数多くの賞を受賞しました。