アマドール・ブラオホス(Amador Braojos)は1947年トレド県トタネスに生まれました。少年時代を、絵を描くことへの興味を膨らませながら過ごしたブラオホスは、1962年、マドリードへ移り、ジュエリー、ゴールド、シルバー製品や彫刻作品制作のキャリアをスタートさせます。1967年、マドリードに最初のスタジオを設立し、そこで、彫刻的な表現方法やアイデアを取り入れながら、ジュエリー、ゴールド、シルバー作品のデザインについての研究・調査を行いました。
1968年ブラオホスは初のジュエリーコレクションを制作しましたが、このコレクションは最初にパリで、その後マドリードで発表されました。翌年、ブラオホスは、ジュエリー、ゴールド、シルバー製品および彫刻作品の新しいアイディアの普及・促進を目的としたJADEグループ(スペイン・ジュエラー・アーティスト・デザイナー)を創設しました。このグループは1971年から1973年までの3年間マドリードで作品の展示会を開催しました。
アマドール・ブラオホスは、1973年のバレンシアのメタルアートフェアで、情報観光省から、彼にとってはじめてとなる大きな賞を授与されました。それから数年間は、ブラオホスは、スペイン各地の都市で、彫刻とジュエリーを組み合わせた展示会を多数開催し、数々のプライベートコレクションの依頼を受けました。この時期、アートとメタルクラフトに関しての教鞭もとり始め、その教師としての活動には現在も取り組んでいます。
1976年、自らのすべての時間を彫刻に費やすことを決意し、シルバーと半貴石を自然の状態で用いたコレクションを創りあげました。1978年、ヨーロッパ主要都市において、彼の彫刻作品の展覧会の開催が始まり、大きな賞賛を浴び、アマドール・ブラオホスは国際的な活躍の第一歩を踏み出しました。1981年には、コヨアカンのメキシコ連邦区代表からの招待で、文化フォーラムでの作品の展示を行いました。1982年には、スイスのチューリヒで作品の展示を行います。彼の作品は、アラブ首長国連邦、オマーン、バーレーン、カタールでも知られるようになりました。1984年、様々な特別な制作依頼に対して数多くの作品を創り出すことによって、アメリカ合衆国に新しい市場を開拓したのです。
初めての公共の作品の製作依頼は1985年に訪れました。マラガ県のマルベーリャ市の新しいランドマークとなるべきモニュメント「ラ・ベーリャ・デル・マル/La Bella del Mar」(海の美女)のデザイン依頼を受けます。そのモニュメントの噴水の除幕式は、マルベリャ市を挙げて盛大に行われました。その翌年には、バルセロナ市から、サン・ジョルディ・イ・エル・ドラゴン(聖ジョルディとドラゴン)をタイトルとした新しいモニュメントの制作の依頼を受けました。
1987年、革新的な宝石のカッティング方法などの新しいテクニックを用いた、十二宮をモチーフとしたコレクションを生み出しました。このコレクションは翌年スイスのチューリヒにて発表されました。1989年、彼の作品は、天然鉱石のカッティングの研究のもと、新しい方向性を打ち出してゆきます。1991年には、彼の作品は極東アジアでも知られるようになり、1992年には、貴金属のデザインの分野で活躍する国際的なアーティストの協会である、デザイン・グループ(the Design Group)に参加します。この協会メンバーとして、フランクフルトで開催された国際的デザイナー展示会「Schmuck Europa 92」に参加しました。